2010年2月5日金曜日

20.貴乃花の快挙とお金持ちの使命 2010年2月3日

今回の貴乃花の相撲協会理事当選との関連で、
更に評価すべきは、当然、安治川親方の行動である。

常々私は、「お金持ちはお金持ちの使命を果たせ!」
といっている。

私は、残念であるが、お金持ちではない。
ただ、どういう場面でお金を使うべきか、は
ドイツにいて分かってきたつもりである。

つまり、この安治川親方を支持すべく、
率先して募金運動を始めたい。

幸い、協会に残れることになったらしいが、
残れなかったとしたら、今後のために、
支援の一滴でも投じたい。それが金持ちの使命である。

民主党は、資金源がない、ということで、
バカな閣僚から「カジノ論」まで又飛び出したが、
ヨーロッパでは、カジノは、“お金持ちが損をしに行く”
ところである。

貧乏人、又は、中流程度の人間が、一攫千金を夢見て、
結局損をして生活苦を生み出すところではない。

カジノは、お金持ちが、着飾って、食事を楽しみ、
ダンスをして、そして、ルーレットで運試しをして、
結局、損をして、そのお金が社会福祉に廻ることを
知っている人たちの集まる場所である。

だから、温泉などの保養地にある。そこには、本来、
社会で一仕事を終えた老人が沢山来る。

文化の育っていない日本で、ギャンブル場を作っても、
益々、お金の亡者を増やすだけである。

私に、もう少し時間とお金があれば、
安治川親方の支援に何かをしたいところである。




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2010年2月1日月曜日

19.JAL問題-3 倒産に際してコメント 2010年1月30日

八戸空港や、青森空港が閉鎖におびえているという。

JAL倒産を契機に、テレビのコメンテーター諸氏は、
“新幹線に負けないように、アイデイアを出して競争をしろ”
という。競争即ち、価格を安くしてお互いに競争をしても、
体力を失いかねない。

それより、永い目でみて、前回述べたような、
高速道路と新幹線と航空路線の共存を図るにはどうするべきか、
の議論をしないと、解決策、即、労働強化利益の喪失、
共倒れ、となってしまう。

だって、ここの観光客が増えることは、通常、
ほかがへこむからである。

ドイツで国営鉄道の列車に乗ると、、200km以上だったと
思うが、その到着地のかなり広範囲な、市営鉄道の乗車券が
無料でついてくる。

ドイツ国鉄総裁は言う“鉄道は、400km以上の距離を
移動する場合飛行機に勝てない。”だから、EC本部のある、
ブラッセルは空港を拡張せず、フランクフルトまでの
鉄道を利用し、そこから世界に飛び立つということに同意した。

ブラッセルから、フランクフルトまでは、鉄道で、約300km、
約3時間である。新規鉄道路線は、フランクフルト空港の
真横に駅がある。

以前にも述べたが、アウトバーンと鉄道の共存も図られている。
アウトバーンに新鉄道路線を隣接させ、田舎の真ん中に駅を作る。
車で、その駅まで来て、鉄道に乗り換える。

田舎の何もないところであるから、駐車場は何日でもただ。
この鉄道は、新幹線しか停車しない。
その駅は、例えば、「Limburug-Sud」や、「Montebauer」である。
ここから、30分でフランクフルト。それでも、フランクフルトの
空港では、駐車場にとめる時間もかかるし、駐車代金も高いし、
ガソリン代もかかるし、このほうが便利と思う人も多い。
そして、フランクフルトから飛ぶ。

だが、青森空港をの横に、新幹線を通し、駅を作ったとすると、
八戸空港は要らない。しかも、航空券と新幹線の割引切符を
作ったとすると、一つの空港で十分である。

こういう発想なくして、政治は、国民の共通の利益を実現できない。
全国の空港も、航空路線も相当削減できるし、
鉄道も恩恵を得る。

共存共栄が実現する。このことが、税金の投入もなく、
国民生活の安定に繋がる。




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18.沖縄米軍基地の問題 2010年1月28日

次から次へと、問題が起こり、ブログが間に合わない。
米軍基地問題の解決には、誰かが犠牲にならなければならない。

国が、ある地域の国民に生活の不安=犠牲、を要請する場合、
その地域の国民の生活を、十分支援しなければいけない。

例えば、その地域の経済振興の援助のための箱物援助ではない。
企業誘致減税ではない。犠牲を強いられるのは、一人ひとりの
個人であるから、個人が何らかの利益を得られる仕組みが
必要である。例えば、大幅税金免除とか、年金を支払うことなく
終身年金を支給するとか、それで初めて個人の犠牲は、
国家のためにということで、容認してもらえる。

ドイツの徴兵制も、「国家」のための奉仕という前提であるが、
万一それが、「個人の死」をもたらすといたら、国が、
その残された家族をできるだけ、安心して生涯生活できる
=救済する、という約束で成り立つ。

あるいは、名誉を顕彰することで成り立つ。
沖縄は、「死」こそ要求されないまでも、平穏な生活環境が
保証されないわけで、国が個人に対して、何らかの提案を
しなければならないし、そもそも基地の選定を考える前に、
その提案が先である。

それなくして、基地の住民の理解を得ようとか、
他の島に会談を申し込むなど、どうしてこうも政治家は
馬鹿なのだろうか、と思ってしまう。




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